マッサージ師になってみたブログ

マッサージ師になってみました。医療保険で揉んでいます。

奨学金の返済について語る。3つ借りてるうちの1つがもうじき終わりそう。私は奨学金に感謝している

こんにちは。めりー です。あん摩マッサージ指圧師です。

私は金がないのに専門学校へ行って国家資格を取りました。

借金して学校へ行くという荒技をしたので、卒後はそれなりにお金のことを考えて仕事に取り組むようになりました。

私は3つの奨学金を借りたのですが、そのうち1つの残高がかなり減り、ゴール目前になりました。

この喜びは他にはないものがあると・・・感動しています。

今日はその喜びを語る!

 

 

3つ借りた奨学金。内容

私は「はり、きゅう、あん摩マッサージ指圧」の3つの国家資格を受験できる学科「本科」に進学しました。

本科はこれらの資格の中でも学費が高めで、普通3年間で500万円以上はします。

働きながら勉強するので、生活費も捻出しなければいけません。

勉強の方が最優先されると考え、奨学金は全て満額借りました。

私が借りた奨学金は以下の3つです。

 

①日本学生支援機構1種奨学金

無利子で借りれる奨学金です。だいたい月々6万円くらい借りていたと思います。

 

②日本学生支援機構2種奨学金

こちらは利子がありますが、上限額が上がります。だいたい月々12万円くらい借りていたと思います。

 

③民間学生ローン

民間ローン会社の学費ローンコースです。入学金と1年生の半期学費ぶんはこちらで借り、在学中から返済していました。

返済が始まるのが早かったので、これはもうすぐ完済します。

 

入学当初は借り入れと返済が月々どうなるか、また卒後いくら払って行くかを計算していました。

最初の計算は正確で、卒後はひと月5万円くらい払っています。

ひと月5万円が勝手に出て行くのは結構痛いですが、国家資格があるので仕事に困ることはないこと、また無資格職に比べて仕事が安定している、楽である、続けやすい、給料を上げやすいことを考え国家資格を取得する体で計画していました。

すなわち、もしも学校で1年でも浪人したり、国家試験に落ちると、人生一発アウトだと思っていました。

追い込み方式で自分を詰めたので必死になり、成績優秀で国家資格を取得することができました。死ぬほど辛かったけど・・・^^;

 

3つの確実なゴールが用意された人生

私は奨学金を3つ借りたので、3回完済する経験ができます。

順調に行くと3つのゴールテープを切ることになる。そのうち1つのゴールテープを切る日が迫ってきています。

こんなに嬉しいことはない・・・;;

 

完済というゴールをまたぐのは、もちろん「必ず返す」という強い意志がないとできません。

その意志をなくさないようにしています。

言い過ぎかもしれませんが、借金を返すために生きていると言ってもいいくらい私にとっては大事なことです。

 

奨学金はネガティブに捉えられてしまうのはなぜだろう

奨学金を借りると返済がきつくて、中には破産してしまう人もいるとたまに聞きます。

ネットで奨学金の返済について調べても、借りてよかった返せてハッピーみたいな明るい記事は全く見当たらないので、やっぱりきついものなのだと思います。

私自身も在学中はあまりに必死で周りがドン引きしていたし、卒後もしばらくはきつくて「貧乏辛い・・・」と知人に漏らし、ご飯をご馳走になったりしていました。

今も経済状況はそこまで変化していませんが、かなり慣れ、精神的に苦悶することは全くありません。

 

確かにお金がないのに学校に行くのはとても辛かったです。

倒れてしまって入院したこともあるし、他人に「金もないのに」みたいにひどいことを言われたこともあります。

でも私は何かをするのに「お金がないからできない」は理由にならないと考えています。

それはやりたくない言い訳であって、できない理由ではない。

日本は経済的に豊かな国です。

貧しい人でも努力で、一定水準まで行くことができます。

こんなチャンスに恵まれた国は世界的に珍しいです。

 

日本は恵まれた国。誰にでもチャンスはある

先進国では「特待生は学費はタダ」みたいなシステムがあるところもあるそうですが、該当者は相当優秀な人です。おそらく類稀なる才能がないと、そうはなれません。

でも日本は、普通の人でも努力すれば学校を卒業できる仕組みがあります。

多分私は、貧しい国に生まれていたら、売り飛ばされているか、のたれ死んでいたと思うのですが、人身売買や犯罪に巻き込まれたり、医療を受けられないということもなく、健康で安全に大人になり、そして学校へ行くことができました。

学校へ行ったのも、卒業できたのも、国家資格を取れたのも、私が頑張ったからなのですが、そのチャンスを用意してくれていた日本に、私は感謝しています。

 

学校はとても大切な場所だった

私は子供の頃は勉強が嫌いで、大人の言うことを聞かないダメな子供でした。

優等生が妬ましく、大人になっても誰かの悪口を言うような人間になってしまいました。

でもある時思い立って学校へ行き(私が進学したのは30歳の頃です)、勉強をして、学業が大事であることを初めて理解しました。

普通の人が子供の頃に理解していることを、私は成人から10年も経ち初めて分かったのです。

そう考えると、やはり私は優秀とはとても言えません。普通の人より劣っているのだと思います。

 

でも人間の成長のスピードには個性があり、みんながすぐできることが、私にできるかどうかは分からないということを、私は知っています。

誰だって得意、苦手はあり、できるようになるまでの時間はみんな違う。

私は当たり前のことを30歳になってようやく分かりましたが、人によっては一生分からないということもあります。

遅くても、私は知ることができた。分かることができました。

だから人より劣っていたとしても、満足しています。

 

お金の大切さが身に染みてわかったのは奨学金のおかげ

世の中お金お金と言うけれど・・・

私はお金について結構ナナメに捉えていて、お金って汚いもののように考えていました。

なぜかというと、私がお金を持っていなかったからだと思います。

稼ぐ能力もなかったし、使う能力もなかった。

他人を妬むことしかできませんでした。

お金を何に使ったらいいか、どうしたら作れるかを考えたことがありませんでした。

でも奨学金を借りる時、借り入れから返済まで、可能な限り計算して人生設計をしました。

きっと苦しいけど、私ならなんとかできる。頑張って返そう。

そう思って勇気を振り絞って奨学金を借りました。

その判断が本当に正しく、適切であったと思います。

 

返済額は少なくないですが、残りの生活費をどう使うか、どうしたら豊かになれるか、また収入をどうしたら増やせるか、毎日考え、悩み、行動しました。

その結果として、私は人様には劣るかもしれないけど、自分の中では最も良い大人の姿になることができたと思います。

出来損ないの私が、ここまでの経済能力を得たのは、奨学金と、それを用意してくれた日本社会のおかげです。

その一言に尽きる。

この感謝は言い表せないのですが、、、

 

みなさん本当にありがとうございます。

 

 

とは言えまだ1つも奨学金を完済していません。

まずは1つ、目前に控えたゴールテープを切れるように、粛々と生活して行きます。

 

モミモミ。

SNS黄金世代の私がSNSのアカウントを全部削除した理由をまとめる

こんばんは。めりーです。あん摩マッサージ指圧師です。

私はミクシィを始めTwitter、FacebookなどSNSにかなり夢中になり、一生懸命更新していました。

いいねを押しまくったり、オフ会をしたり、かなり充実しましたが、今は全部アカウントを削除し、今後やるつもりも一切ありません。

ブログは目的があって更新しているのでこれは当分このままです。

私がSNSをまるっと全部やめた理由をまとめます。

 

 

ブロガーやネットビジネス系の人が言うSNSの恩恵を真に受けていた

ミクシィは若かりし頃だったので省くとして、TwitterやらFacebookをやっていた理由はちょっと前にネットビジネス関連の人の「私はTwitterがあったからビジネスが成功した」と言う話を真に受けていました。

Twitterは今から3年ほど前から去年の最初くらいまで、かなり熱心にやっていて、たくさんのフォロワーがいたし、それなりに叩かれることもあり、まともなツイッタラーだったと思います。

Facebookは交流会などに参加したり、普段会えないような人たちと会うことができたりとかなり横の繋がりが増え、リアルの人間関係にまで発展しました。

 

が、去年の始めになり、ある日突然気づいてしまいました。

 

 

SNSが1円にもなっていない・・・・!!!

 

ブログはそれなりに稼いだのですが、ブログ以上に長い期間、一生懸命やってきたSNSは1円にもなっていませんでした。

これは無駄以外のなんでもありません。

 

よくネットビジネスの人がSNSをきっかけに仕事を引き受けることがあると言うので、私もそういうことがあるかもしれない!と頑張って業界関係者と知り合っていたのですが、どうも私は路線が違うのか、あるいは業種が違うのか、お金になる仕事の話は全く登場してきませんでした。

まあ私は医療色の強いマッサージ師なのでSNSなんかでは仕事の話は出てこないんだと思います。

それにしてもブログをやっているんだったら、なんか書いてくださいくらい言われてもいいのに・・・と思っていたのですが、

普通に考えて、医療系の記事なら医者のライターに頼みますよね。当然ながら。

私に仕事を頼む人がいないのは当然なわけです。

そういう根本的な間違いに気づき、何年も無駄なことをしていたということにやっとこさ気がつきました・・・ばかですな。

 

ネットで知り合った人は友達じゃない

私は友達がいません。

正確に言うと、友達が要りません。

友達は常に現地調達するタイプの人なので、特別親しい友人は特に必要ありません。

そもそもそういう性格なので、当然ながらネットで知り合って友達になったような人とは、基本的に2度と会いません。

なんども会うことになった人が1人、2回会った人が2人いました。

SNSを通じて会った人たちは数えきれないくらいいますが、2回以上会った人はたったの3人。覚えてるくらい少ないんですね。

その3人ともSNSをやめたら全く連絡を取ることはありません。

ネットで知り合った人は友達じゃないんですよね。

大体、人間って似たような人たちがグループで集まります。

ネットで出会う人たちは、大体イケてる、イマドキ風の人たちです。

リア充〜!!YEAAAHHH!!!

みたいな。

で、まあ人間ってなかなか興味の対象は変わりませんので、会うといつもそんな感じなんですよね。

一方で私は飽き性の気分屋で超マイペースな人間です。

だからいつもリア充YEAAAHHHみたいな感じをされると、確実に3回目くらいでもう飽きています。

だから他のグループに行って、また飽きて、また移動して・・・・

を何年も繰り返していました。

無駄です。はあ〜〜本当に自分てばかもんだと思います。

 

ネットで知り合った人は特に役に立たない

大体リアルの人間関係って助け合いがあります。

困っているときにお互い助け合うことが少なからずあります。

例えば誰かに言いにくいことを他の人に伝えてもらったりとか。

問題を起こす人がいたらどうするか、仲間と対策を練るとか。

人じゃなくて、普通に問題が発生したらみんなで話し合うとか。

人間関係はそういうものです。

ところがネットで知り合うと友達ゴッコしているだけで実は大してお互いのことを知らないんですよね。つまりお互いに信用がない。

だから困ったとこに助け合うということができません。

ネットの人間関係は本当に消耗するだけでなんの利益もないと思いました。

 

SNSの話題が死ぬほどくだらない

SNSはよく炎上とか拡散とか、話題が広がっていくのですが、このネタが死ぬほどくだらないです。

そんなのここで言い合ったってどうしょうもないだろうみたいな、しょ〜〜〜〜〜もないことばっかり話題になる傾向があると私は思っています。

例えば最近のネットニュースだとタピオカドリンクをインスタにアップする人について議論があるみたいなのですが、タピオカドリンクのルーツとか、作り方とか、美味しい店とかじゃなくて、インスタにアップする知らない人について議論しているわけですね。

え?なんで?

し・・・・しょーーーもな・・・・・

あと最近は痴漢にあったら安全ピンで反撃しよう!みたいなキャンペーンがあったそうですが、普通に考えておかしいですよね?その前にやることあるのでは?と私は思うのですが・・・

 

そういうわけでSNSの話題の半分以上が私の人生には何の関連もない上に豆知識にもならない、どこの誰だかわからない人のどうでもいい話だと思います。

 

SNSに熱中した自分は本当にバカだった

私は色々理由があってSNSやるんじゃなかったと思っているのですが、多くの人は純粋に楽しんでSNSをやっているのではないかと思います。

しかし私は浅はかな目的を用意してしまった上に、そもそも孤独が好きな人間なのでSNSに向いていませんでした。

脱SNSした人がSNSしてた時のことを振り返り、「あれは自分にとって大事な経験だった」と美化しているのをたまに見ます。

私個人に関して言えば、SNSをしていた時は本当に人生の無駄遣いであり、汚点であり、2度と繰り返してはいけない過ちであると思います。

限られた人生、もう少し有意義に使わなければいけません。

反省しています。

 

終わり。

モミモミ。

マッサージ治療について説明します。マッサージ師って何なの?と言う方へ。保険の使い方とマッサージの現状

こんにちは。めりー です。あん摩マッサージ指圧師です。

先日、コンビニで仕事中に休んでいたら、私の車を見た知らないおじさんに「おたくのマッサージっていくらかかるんですか?」と聞かれたので色々説明しました。

おじさんは作業服を着ていて多分電気関連の仕事のように見えたんですが、腰が痛くてマッサージ行きたいんだけどどうしたら良いか分からなかったそうです。

そう考えているのはあのおじさんだけではないはずなので、マッサージ受けたい時にどうしたら良いかを説明します。

 

 

マッサージを受けたいとき、最初に考慮すべきこと

マッサージは腰が痛いとか足が痛いとか、ちょっとした不具合の人ならだいたい受けて頂けます。

ただし、マッサージを受けるときにはいくつか考えなくてはいけないことがあります。

 

①どのくらい痛いか?

あのおじさんのように、例えば腰が痛いとしましょう。

腰痛にもいろんな原因があるので、転んで痛いとか、あまりに痛いとか、「なんかおしっこが出ないんだけど」みたいに腰痛以外の症状もある時などは、病院に行くべきです。

病院ではしかるべき検査をして薬やその後の治療を決定してくれますので、腰痛にしてはちょっとおかしいな?と言う場合はまず病院に行きましょう。

 

痛いというよりもなんか疲れているからマッサージ受けたいなあくらいであれば、病院に行く必要はそれほどないかと思います。

 

②どのくらい通いたいか?

マッサージを受けるときに考慮すべきなのは、どのくらいの頻度で行きたいか?ということです。

まずオススメしたいのは行きやすいお店がベスト。

どんなに優れたカリスマ先生がいても、海を越えなければいけないような場所にマッサージ屋さんがあったら通うことができません。

すごい先生はたくさんいますが、遠くの親族より近くの他人と言いますように、行きやすいところを重視して選ぶことをオススメします。

 

行きやすいところであれば、ちょっと一回行ってみて、マッサージ師が「次の予約はどうしますか?」とだいたい言ってきますから、相談して頻度を考えるのが良いでしょう。

 

③保険を使いたいか?

マッサージは最近だと1時間3000円くらいで受けることができます。

が、これでも高い!という人がたまにいます。

マッサージ治療が必要で、頻繁にかかりたいという場合は保険を使った方が良い場合もあります。

 

保険治療は病院と同じで窓口料金が3割〜1割、福祉保証関連者(生活保護など)の場合はゼロという決まりがあります。

一回の治療金額には決まりがあり、窓口料金600円くらいで20〜30分もんでもらうことができます(店による)。

保険を使う場合は決まりがあるので以下の項目で詳しくまとめます。

 

保険治療でマッサージを受ける場合ルール

マッサージの保険治療は手続きがありちょっと面倒になりますが、真面目に治療するならこちらの方が確実に効果があります。

保険治療マッサージのルールをまとめます。

 

①医師に同意書という書類を書いてもらう

日本の保険治療は医師が許可した者のみ出来るという決まりがあります。

マッサージ治療を行う場合は、一度かかりつけ医のところへ行き、診察を受けて、その際に「マッサージの保険治療をしたいのですが、同意書を書いてください」と言います。

するとだいたい3000円くらいで同意書という書類を書いてくれるので、これを持ってマッサージ屋に行きましょう。

このかかりつけ医が整形外科医である必要はありません。よく行く病院の医師にお願いしてみましょう。

 

ちなみにそのお医者さんの許可が降りない場合は、同意書が出されないので保険治療を受けることができません。お医者さんはいい人なので基本は書いてくれるはずです。

 

②保険治療は国家資格者のマッサージ師しかできない

保険治療は当然ですが国家資格のあるマッサージ師しか行うことができません。

上述した1時間3000円くらいのマッサージ屋に国家資格を持っている人はほぼいません。

国家資格のあるマッサージ師は「保険適用」と看板に書かれたマッサージ屋か、接骨院、整形外科などにいます。

 

③料金の支払いが複雑なことがある

保険を使うと0〜3割の料金の支払いになります。

ただし保険者(国民健康保険なら国、全国健康保険協会ならその組織など)や施術者によっては一度全額を窓口で支払い、窓口料金を差し引いた額が後で払い戻しされるというめんどくさい支払い方法であることがあります。

元々はこのめんどくさい支払い方法だったのですが、あまりにめんどくさいので間に立ってお金を立て替えてくれる人がいます。

接骨院だと基本的に誰かがお金を立て替えてくれるので、窓口料金のみの支払いとなります。

 

④治療時間は20〜30くらい。場合によってはもっと短い

1時間3000円のマッサージ屋との大きな違いは、時間にも差があります。

保険治療は合理的な治療でないといけないので、意味のないことはしません。

よって1時間ダラダラやることはなく、その症状に必要であろう部位を効果的にマッサージすることになります。

マッサージが好きな人は「延長して」と仰ることもありますが、その場合は保険の料金外となります。10分1000円くらいだと思いますが、これはお店によって違います。

 

マッサージ保険治療流れのまとめ

マッサージで保険治療をする場合の流れをまとめると、こうなります。

 

①国家資格者のいるマッサージ屋に行く

②病院に行き同意書をもらう

(②が先でもOKだけどできればマッサージ師と相談してほしい)

③治療を受ける

④窓口料金を支払う

⑤窓口全額負担だった場合、保険者からキャッシュバックがある

 

その後は③〜⑤の繰り返しになります。

ただし、同意書には3ヶ月の期限があるので、期限をすぎてもまだ痛い、治療したいという場合は再度同意書をもらいに行く必要があります。

 

マッサージで1時間3000円のお店が普及しているワケ

法的にはマッサージ治療を保険で行うことは可能なのですが、お気付きのようにめんどくさいのであまりやる人がいません。

それから、マッサージ自体は国家資格のない人でも誰でもできてしまうので、接骨院で他の国家資格者がやっているということが非常に多いです。

 

保険を使うなら法的にグレーだけど接骨院がいいのかも

保険でマッサージを受けたい場合は、マッサージをやっている接骨院で揉んでもらうのが一番簡単かもしれません。

(接骨院の治療は同意書が必要ないので怪我や病気を偽って保険請求する接骨院が乱立しました。そのため保険者が接骨院の利用を禁止している場合があります)

骨折、捻挫、脱臼などの外傷がないときに接骨院でマッサージを受けるのはちょっとグレーですが、利用者にとってはあまり関係ありません(罰せられることもない)。

 

だから安くマッサージを受け、なおかつ頻繁に通いたい、という場合は現状だと接骨院の利用がベストだと言えます。

 

手軽に利用できるのは1時間3000円のリラクゼーションだと思う

保険を使うなら接骨院が簡単ですが、怪我がないのに保険を使うのは法律でアウトです。これが発覚してタイーホされる接骨院関係者がよくいます(重複しますが利用者は罰せられません)。

そんな黒いことしたくない!という方は1時間3000円で揉んでくれるリラクゼーションサロンがどこにでもあって便利ではないかと思います。

ただし気をつけたいのは、1時間3000円ってマッサージ価格として非常に安いです。そのため国家資格者から言わせてもらうと非常に低品質だと思います。

1時間3000円に限らず、たとえ1時間1万円だろうと5万円だろうと、リラクゼーションサロンには基本的に国家資格者はいません。

ですからこういうところへ行く場合は、自己責任でお願いします。

私は患者さんには「怪我や病気がある人は行かないでください」と言っています。

 

国家資格者マッサージ師はどこにいる?

マッサージの保険治療はある一部分を除き、ほとんど普及していません。

国家資格のあるマッサージ師もほとんどのケースで自費診療をしています。理由を聞いたことはないのですが、まあ多分、保険請求がめんどくさすぎるからです。

今は医学が発達しているのでマッサージで本気で治療しようと思う人は少ないようで、マッサージの保険治療は主に寝たきりの重症患者さんに行われています。

 

私にマッサージについて質問してきた、あの知らないおじさんのように、会社勤めができる程度の人は、接骨院かリラクゼーションに行っていただくのが一番良いのかなあと思います。

 

マッサージ師は開業してなんぼなので、マッサージ治療院というものがもちろん各地にあるのですが、儲からないのか「保険適用!」という看板をあまり見ません。

あっても「鍼灸マッサージ院」とか必ず他の何かがセットになっています。

私の経験では鍼灸マッサージ院のマッサージ師は必ずと言っていいほど自費診療の鍼灸治療を勧めてきます。

 

冒頭のおじさんに「マッサージの保険治療ってどうやるの」と尋ねられたのですが、説明するのも面倒なのでリラクゼーションでいいと思いますよ〜と言っておきました。

 

マッサージの国家資格を「あん摩マッサージ指圧師」と言います。

リラクゼーションやら接骨院やらができる前までは(遥か昔です・・・)、あん摩マッサージ指圧師が専業でマッサージ業をやっていたみたいですが、今はいろんな人がマッサージをしているので仕事がかなりマニアックになっています。

私がこの国家資格を好きな理由がそこです(笑)

マッサージ師は世の中にいっぱいいるのですが、本物のあん摩マッサージ指圧師には普通の人はなかなか出会えないと思います。

かっこいいでしょw

私は本物のあん摩マッサージ指圧師ですが、当分開業する予定はありません。暗躍します(ウフフ)

本物のあん摩マッサージ指圧師に揉んでもらいたい!と言う人は、頑張って自力で探してくださいね。

 

終わり。

モミモミ。

四次元立方体から学ぶ、人間には「なぜなんだろう」ではなく、「どうしたら良いんだろう」の方が大事という話

こんばんは。めりー です。あん摩マッサージ指圧師です。

四次元立方体というものがあります。

普通、立方体と言うと三次元の世界でサイコロ状のものを言います。

自分たちの世界が三次元構造であることからサイコロは想像が簡単なのですが、一つ次元が増えて四次元の立方体はどんな風になるのか?とモデルを作ってくれた人がいます。

 

はいこれ。

ja.wikipedia.org

箱の中に箱が入っているようにしか見えないのですが、4次元なので内腔がありません(あってるよね?)

箱の中や裏や表がないのでちょっと理解しにくいのですが・・・wiki先生の動画を見ると内腔やら裏や表がない理由が分かるのではないかと・・・

 

こういうSFチックな話が大好きで、よく妄想で仮説を立てては自己否定するのですが(笑)

 

人間は「なぜだろう?」とか「もしも〜だったら?」とよく考える生き物ですが、極論的にはそれって一般生活にあまり意味がなくて、実は大切なのは「じゃあ今、どうしたら良いんだろう?」だったりします。

 

今日はSFっぽいことを話して最後にだからマッサージ師はこうであるべきみたいなこじつけ職業倫理の話をします。

 

 

実は世の中のルールは全部人間がそれっぽいものを作っただけという話

四次元立方体は実際に存在しないであろうモノです。

そもそも「次元」という概念は人間が理論上必要だった(?)ので作ったもの。

というか人間界のモノ、理論、学問など全ては人間が作り出しました。

でも人間よりもずっと前から自然や宇宙はあるわけで、人間が自分都合のそれっぽい理屈を作ったのが理論、学問というモノです。

 

宇宙はもっと高次元という話

宇宙はもっと高次元なんじゃないか?と言う人がいます。

宇宙はもっと高次元。

この言い方自体が根本的に間違っていて、人間がいなかったら「次元」と言う概念がそもそもありません。

宇宙からしてみれば「ほっといてくれよ!」と言いたくなるような人間の自分ルール、それが次元。

 

と言っちゃうと話が終わってしまうので、膨らましてみようかしら。

 

私たちが住んでいる地球上では気圧とか重力とか大気の成分とか、いろんな要素が組み合わさって人間が存在できる環境が形成されております。

このどれかがある日突然なくなると、人間その他の生物、人間が作ったモノは成り立たなくなってしまいます。

例えば気圧が全くなくなると、人間は呼吸ができなくなります。

呼吸以前にいろんな問題が文字通り”出てくる”のですが、分かりやすく一個に絞るとすると、呼吸ができない=死んでしまうですね。

 

気圧や空気は地球だから存在しています。宇宙に気圧はありません。

 

人間の世界が宇宙の中で特殊中の特殊。

そんなイレギュラーな存在である人間が作った物理法則も、当然イレギュラーなはずです。

 

地球上の条件下で、さらに特殊が重なりまくり、生物が発生しました。

生物は3次元構造を持っています。生物を作るものは細胞です。

細胞は膜にいろんなものが収まっている形状です。つまり外壁のある、箱。3次元立方体ですな。

2次元でも4次元でもなく、3次元だから内腔を保てるわけです。

2次元だと内腔というか囲みになるので生物の構造が成立しないし、4次元だと箱の壁が箱という意味のわからんことになるので内腔ができない。

地球上の生物にとっては3次元が最も安定な構造なんですな。

 

地球上、人間界が3次元であるというのはかなり特殊な環境があるからこそ成立しているので、宇宙で言う「普通」が私たちに関係がないと言うのは想像できます。

3次元は特殊。

宇宙の普通は、多分3次元じゃないよね。

そう考えると宇宙がもっと多次元である!と言う人に同調できます。私も同じ意見です。

 

ついでに言うと「時間」「時計」と言う概念も人間しか持っていないと言えます。

時間は絶対的なものだと言われているし自分もそう思っていたんですが、宇宙には名前のつくものが無いんですよね。

名前は人間がつけているから。だから誤りだと思う。

きっと宇宙は「ほっといてくれよ」と思っているに違いない。

 

高次元宇宙に精神は存在しない

なんか高次元の話をするとスピリチュアルな話がついてくることが多い?みたいでネットで「高次元宇宙に精神がなんちゃら・・・」と言う文句をよく見ます。

ここだけマジレスすると、高次元宇宙に精神は存在できません。

なぜかと言うと、精神とは人間の神経系のシステムが作る言ってみれば「仮想世界」のようなものです。

精神という概念は人間が考えて作り、精神を感じるのも人間の心(というか脳)。

脳は細胞が作っています。

つまり精神は脳細胞がないと存在できない。

細胞は3次元でないと成立しないので、2次元以下や4次元以上では精神活動が成立しません。

よって高次元宇宙と精神は同じ話の中に成り立ちません・・・。

 

マジレスすんなやって感じですね。ごめん。

 

同じ理屈で死ぬと人間の魂は・・・精神は・・・

というのも、細胞活動が停止するのであり得ないと言えます・・・

死んだらおしまい。以上。

 

夢がないなあ。

 

高次元とかそういう話って何の役に立つの?

死んだらおしまいと言われても何かと考えてしまうのが人間。悲しい生物です。

「なぜ?」は終わりがありません。

仮にそれらしい理屈を当てはめて「よしわかった!」と思っても、よく他の人に揚げ足取られて振り出しに戻ったりします(私なんか特に)。

プロ中のプロが作る物理法則ですら条件によってはおかしな結果が出たり、他の人に「いやだってさ・・・」と言われて決壊しそうになることがあるとかないとか。

こういう人間の性質から考えられることは、「なぜ?」と理屈を作ることに有意義な結果は得にくいということなんだと思います。

もちろん「なぜ?」から始まりとんでもない発明で人間の発展に恩恵をもたらした偉人はたくさんいますが、少なくとも偉人になりそうもない私には関係のないことです。

「なぜ?」はほどほどでやめた方が良いと思います。

 

「なぜ?」を減らして「どうしたら良い?」を増やそう

人間にも頭のいい人とそうでない人と、いろんな人がいます。

だいたいの人が「そんなにバカでもないけど、言うほど賢くもない、普通」だと思います。

少なくとも私はものすごく普通です。

分からないことがあって、考えると、分かることもあれば、そのまま分かりませんでした、と言うこともあります。

普通ってこんな感じではないでしょうか。

 

普通の私が普通の人間を代表して説明しますと、一度にたくさんのことを深く考えることはできません。

例えば冒頭に出てきた四次元立方体の構造を初めて知ったとき、それこそ3日くらい四次元のことばっかり考えていました。

マッサージしている間も頭の中では四次元立方体を考えていました。

3日経って、あ、そうか内腔がないのか・・・と気づいたら、考えるのが終わりました。

難しかった。

四次元立方体、分からない。なぜ?

これを考えるのに3日、人生の貴重な時間を費やしてしまいました。バカですね。

だから本当に「なぜ?」はほどほどでストップしないといけない。

時間の無駄になりがち。

 

無駄に「なぜ?」を考え続けるよりも、意識して利益になることを考えた方が良さそうです。

 

「なぜ?」を考えた方が良いケースもある

「なぜ?」はほどほどにしないといけないのですが、絶対に考えた方がいい場合もあります。

だいたいのケースは

「問題がある」→「なぜ?」→「どうしたら良い?」→「行動」

というような順序で運ばれると思うのですが、何度やってもうまくいかない時は、なぜうまくいかないかを考える必要があります。

失敗が度重なる場合、そしてどうしても成功させたい場合は、内容を分析しないと成功に導くことができません。

 

ま・・・当たり前ですね^^;

 

興味を「なぜ?」から「どうする?」に変えよう

私は自他共に認める理系研究者タイプの性格(らしい)ので、何かと「なぜ?」と考えることを繰り返しています。

でも自分の仕事は理系研究者ではないので、「なぜ?」よりも実用的な物事に思考を費やした方が利益になります。

 

例えばお金がないので給料を増やしたい!と言うとき。

”「なぜ?」お金がないのか”をどれほど考えても、問題は全く解決しません。

この問題を解決するには、「なぜ?」ではなくて、「どうしたらいいか?」を考える必要があります。

 

給料を増やしたい。

「どうしたらいいか?」

答:昇給交渉をする、転職をする、副業をする、、、、

 

この通り「どうしたらいいか?」を考えると一瞬で物事が解決します。

 

マッサージ臨床で出会う「どうしたらいいか?」

仕事の話をします。

マッサージの臨床では病院の治療がすでに終わっているのに治っていない、解決していないと言う患者さんがほとんどです。

検査に異常がないのに痛い、体調が悪い。

検査は「なぜ?」を追求するものです。なぜその症状が出ているかを判断するために、ヒントになりそうな情報を検査によって得ます。

が、ここで何のヒントも得られない場合、これ以上「なぜ?」を考えても無意味です。

このような時は「どうしたらいいか?」を考えることで解決します。

 

マッサージ師は検査指示がほとんどできないので

(徒手検査はあまり参考にならんので除くとしよう)

マッサージ師が治療をするにあたり、大事なことは「なぜ?」よりも「どうしたらいいか?」です。

 

臨床をやっていると「なぜ?」は無意味だと思います。本当に。

「なぜ?」と考えた方が良いのは、子供と基礎研究の職種だけな気がする。

 

マッサージ臨床でいつ何時も思うのは、「ふーん、そうなんだ」で終わらせることって本当に大事だな〜と言うことです。

患者さんにはいろんなことがあるし、世の中にもいろんなことがあるし、自分にもいろんなことがあるんですが・・・

「なぜ?」を気にしていると前に進めないんですよね・・・

細かいことは考えず、とりあえず「ふーん、そうなんだ」で終わらせると悩みもなくなるしスムーズに生きることができます。

 

まとめ

四次元立方体ってモノを知って3日考え込んだのですが、結果的に良い気づきが得られたかなと思います。

我ながら良い結論なのでまとめます。

 

  • 四次元立方体なんてどうでも良い
  • 宇宙には色々あるけど人間はエゴで自分主体の理屈を作っている
  • 「なぜ?」思考は前に進まないからほどほどにしよう
  • 「なぜ?」よりも「どうしたら良い?」の方が実用的
  • 社会人は「ふーん、そうなんだ」と思ってそれ以上考えないことも大事

 

ちなみに四次元立方体のことを知ったきっかけはこちらの小説でした。

建築学科の助教授が主人公なのですが、教え子に四次元立方体の説明をするシーンがあります。

主人公の説明では仮に四次元立方体の中に三次元の人間がいたとしたら・・・と想定されているので、ちょっと間違った?表現なのかもしれませんが、面白い説明でした。

正確には四次元立方体の中に人が入ることはできないはずです。

入れたとしても普通の立方体にしか見えないのかな?あるいは幻の立方体のように見えてすり抜けてしまう・・・

 うーん、やっぱりまだ分かんないやw

 

終わりです。

モミモミ。

病院から訪問マッサージに転職したあん摩マッサージ指圧師の感想をまとめる

こんにちは。私は病院から訪問マッサージに転職したあん摩マッサージ指圧師です。

国家資格を取って初めて病院の外に出たのですが、かなり文化が違くて慣れるのに戸惑いました。

病院と訪問マッサージは全然違います。どちらが良いとか悪いとかじゃなくて、二つの良いところを合わせるのがきっとマッサージ師の一番あるべき姿だと私は思っています。

今日は病院と訪問マッサージについて書いてみます。

 

 

私がいた病院。整形外科より内科っぽい考え?

あん摩マッサージ指圧師が働く病院と言えば、ほとんどが整形外科です。

しかし私は大きな病院の循環器内科に看護助手として2年勤務し、そのあと国家資格を取ったのでターミナル病院のリハ室で半年働きました。

どちらの病院も外傷や整形外科疾患でなく、内臓の病気のある人たちがほとんど。そこで最初の大事な期間を過ごしたので、いまでも考え方が内科的だと思っています。

 

たとえば膝が痛いと言う患者さんがいたら、膝だけでなく顔色や声のトーンを観察したり、話の中にいつもと違うことがあれば精神的な変化があるのだろうかと考えたりします。

あん摩マッサージ指圧師で言うと東洋医学的な考えなのでしょうか。

私は東洋医学の理論は普段全く考えていませんが、結果的には患者さんの内外を観察しているので同じことをやっているのかな、と思います。

 

訪問マッサージでは整形外科疾患よりも脳卒中やその他の病気の方が頻繁に観察されるので、最初の勤務地が病院であったのは非常に良いことだと思っています。

 

病院と文化が違う!訪問マッサージに転職して驚いたこと

病院の外に出て仕事をすることになったのが訪問マッサージ。今も続けています。

病院では当たり前のことが、訪問マッサージでは誰も知らないこともざらにあり、カルチャーショックが多かったです。

 

①感染管理意識

病院の患者さんの多くは感染しやすい状態です。すでに感染症を持った患者さんもいます。病院内では重大な感染症が多数で発生すると「院内感染」として時々ニュースにもなります。

有名なのが「MRSA」と言う病気です。これが拡大すると抗生物質が効きにくいことがありかなり問題になります。

 

pro.saraya.com

 

どうして病院の中で感染が拡大することがあるかと言うと、実は多くが人の手が運んでいます。

スタッフが感染した患者さんに触り、その手で他の患者さんに触ることで感染することがあります。

これを防ぐために感染管理は重視され、マスクの着用義務があったり、患者さんごとに使い捨て手袋を使用したり、手洗いや手指消毒の義務付けをして防いでいます。

人間は忘れてしまう生物なので、気が抜けて失敗が起きることを防ぐために、時々講習会を行い、管理意識を思い出すようにします。

冬季はインフルエンザの集団感染が怖いので、病院だけでなく介護施設でも予防接種が義務付けられています。

 

病院には厚生労働省の指導があるのでしっかりと行っているのですが、訪問マッサージを始めマッサージ業にはそのような指導がありません。

そのため病院から訪問マッサージに来ると、感染管理の意識がないことに驚きました。

 

訪問マッサージの会社で「マスクを着用してください」と言われたときに、理由を聞くと「施設がそうしているから」と言う返事が返ってきたことがあります。

マスクを着用するのは、人が言っているからではなく、患者さんと自分の安全のためです。

 

またあん摩マッサージ指圧師は普通、マッサージをするときに手ぬぐいを使います。

これは文化的な昔からの風習です。

手ぬぐいは薄くて手触りが良いのでマッサージに都合が良いという理由もあります。

感染リスクの低い、比較的健康な患者さんはそれでも良いですが、訪問マッサージには重症の患者さんもいます。

その場合は使い捨て手袋をつけてマッサージを行うべきなのですが、素手で触れてしまう人が多いようです。

 

感染管理の意識がマッサージ師にないのは、特に誰からも指導されることなく、注意されないからなのですが、厳しい病院にいた私はかなり驚きました。

 

②危険管理意識

「医療事故」と言うニュースはキャッチーな上にショックが大きいです。

人間がやることなので、少なからず失敗することがあります。しかしそれを防ぐために、病院では二人以上で多重確認を行ったり、トレーニングをします。

私は看護助手で、患者さんを搬送することが多い仕事でした。

私が遭遇しやすい事故は、患者さんの転倒です。

患者さんを移乗するときに転倒させてしまったり、目を離した隙に患者さんが転倒しているということが最も恐ろしい事故でした。

これを防ぐために病院では看護助手向けの講習会を、定期的に行っていました。

かなり厳しく訓練されたので、患者さんを転倒させたことはもちろん一度もありませんし、今でも移乗は慎重に行っています。

 

マッサージ師は「事故」と聞くと「骨折させた」ということを想像する人が多いようです。

マッサージで骨折させるというのは論外中の論外で、かなり特殊なケースであると私は思うのですが、事故とは「うっかり」が原因で起きることです。

どんなにベテランでも状況が重なると「うっかり」事故を起こしてしまうということがあり得ます。なぜなら、マッサージ師は人間だからです。

「骨折させた」事故について、無資格者がやったのだろうとか、下手くそだったのだとか、自分は関係ないことのように考えるマッサージ師が多い印象があります。

でも事故に「自分は関係ない」はあり得ません。

確実に防ぐには、自分も気を抜けば起こすのかもしれない、という危機感を思い出すことが必要です。

 

訪問マッサージは車の運転や患者さんの移乗を行います。

交通事故や、患者さんの転倒事故など、自分が遭遇する可能性はゼロではありません。むしろ一般人よりもリスクが高い状態です。

 

「自分は事故とは関係ない」と思っているマッサージ師がいたのは、ショッキングでした。

 

③他スタッフとのコミュニケーション

病院にいると他の職種の人たちと頻繁に会うので、患者さんの搬送で協力し合ったり、情報を共有したりすることがあります。

自分が間違っていると、多部署の人が注意してくれることすらあります。

他の部署の人たちと話すことは、仕事をする上で普通だと思っていました。

 

しかし訪問マッサージでは、自分たちは訪問する施設の部外者であることから、挨拶以外全く話さないという人が少なくないようです。

 

私は、患者さんの体調に変化を感じたら、その施設のナースや、同居している家族に聞きます。患者さんとコミュニケーションがうまく取れなかったら、ケアスタッフにコツを聞いたり、協力を求めます。緊急連絡の必要があるとき、指示が欲しければ在宅医チームに電話をします。

これは普通にいつもやっていることです。

 

でもある時、訪問先の施設スタッフに「あなた以外の人は全く話さない」と言われて驚きました。

 

訪問マッサージ会社は「部外者であるから、余計なことを言わないようにしている」ようなのですが、必要なことすら言わない人がいるようで、文化の差だな〜と思いました・・・。

これはマッサージ師の悪い文化だと私は思います。

 

④着眼点

私は患者さんの体調や状況を広く観察しています。何か変化があればバイタルチェックをしたり、スタッフに質問したりします。

これは病院で周りを見て身についた着眼点だと思っています。

マッサージ師でも着眼点はみんなバラバラなようですが、どうもあまり広い視点ではないように感じています。

マッサージについてしか関心がない人や、運動器についてしか関心がない人、患者さんとの会話についてしか関心がないなど、ある一部分を切り取ったように観察している人が周りに結構多いようです。

他の人が何を見ているかというのはなかなか想像しにくいのですが、どうも会話が噛み合わないような気がするときがあり、それは視野が違うからではないかと私は考えています。

その辺のすり合わせが必要かどうかは、まだよく分かりません。

視点は個性として大事なことなのかもしれません。

また私の視点が正しいのか、間違っているのか、はたまた視点なんてどうでもいいのかも、よく分かりません。

一つ言えるのは、病院にいた頃、周りのナースやドクターが見ていたものとちょっと違うなあと感じています。

 

⑤会社は意外とグダグダしている

まだ1社しか訪問マッサージの経験がないのですが、病院に比べると仕事がグダつくことが多いと感じています。

社内に新人が多いとか、会社に問題があるとかではないと思うのですが、時間や、やるべきことの管理が甘くてバタバタしていると感じることが多いです。

病院では診察、検査、食事など時間が徹底的に決まっているので従う他ないし、もし遅れたら電話がきたり、部署長が怒られたりして対処されることになるのですが、その辺の中間管理?が無いようです。

ちょっと失礼な言い方ですが、病院の人より仕事ができないなあーと感じてしまいました。ごめんなさい。その辺は会社によるのだと思います。

 

できるときはそれとなく、失礼にならないようにアドバイスしてみたのですが、訂正すべきことがあまりに多いので「ここはそういう文化なのだ」と思って静かに見守るようにしています。

ときに患者さんに迷惑が及ぶことが稀にあるのですが、患者さんには責任を濁したり、あるいは「私のせいデス!!」と言うと大体笑って許してくれます。激おこされたことは一度もないので、やっぱりグダグダするのはそういう文化なのかな、と思います。

 

訪問マッサージ会社はゆるいので、楽だと思いました。

 

文化が違う訪問マッサージに転職してはみたけど結局よく分からない

私は厳しい環境に長くいたので訪問マッサージに驚くことがたくさんありました。

「え・・・それでいいの^^^;;;」

と思うことが多くて、カルチャーショックです。

でもみんなはそうは思わないようなので(?)やっぱり私がちょっと変わっているのかもしれません。

 

訪問マッサージの仕事は全くと言って良いほどつまずくことがないのですが、訪問マッサージの会社や、他のマッサージ師とコミュニケーションを取るときに、違和感があります。

また他の人が絡むと仕事がスムーズにいかないことがあって、謎です。

 

マッサージ師の文化は長所もありますが短所もあります。

時代の変化にマッサージ師もついていくべきだと思うのですが、そういうことを意識している人はあまり会社員をやらないのかもしれません。

専門学校でも驚くことがたくさんありましたが、それは卒業してからもそうでした。

マッサージ師やマッサージ会社がどうあるべきかは、私にはよく分からないのですが、一つ言えることは、私は明らかに少数派であるということです。

これが良いことなのか悪いことなのか・・・はたまたどうでも良いことなのか・・・

それすらも分からない・・・

訪問マッサージをやってみたのだけど、やっぱり訪問マッサージはよく分かりません。

長くやれば理解できる日が来るのかな。

 

そんなわけで明日も頑張ってモミモミします。

感受性の豊かな人が鍼灸マッサージ師をする上で気をつけたいこと。優しさは半分くらいが丁度いい。

こんばんは。めりー です。あん摩マッサージ指圧師です。

鍼灸師やマッサージ師を始め医療スタッフには、「えげつなく感受性が豊かな人」というのがたまにいます。

私はそんな一人です。

感受性が豊かというのは仕事の上でメリットのように感じますが、時には障害になったり、悩みのタネになることも。

感受性が豊かな鍼灸マッサージ師や、医療スタッフのことと、感受性の訓練方法についてまとめます。

 

 

私が感受性のために体験したエピソード

病院やマッサージで働いているといろんな事件が起きるので、経験が培われます。

患者さんの気持ちが分かると、ほかの人に代弁することが可能です。

 

認知症の患者家族から相談されたときの話

認知症で言葉を全く話せない患者さんがいました。

たまたま居合わせたご家族に、

「なかなか食事を摂ってくれない。パンだと食べてくれるけど、おかずを残してしまう。スプーンがうまく使えないのだろうか」

と相談されたことがあります。

食事の風景は全く見ていませんでしたが、

指先がうまく動かせないので、普通のスプーンが使えないのでは?”にぎる”という原始的な行動はずっとできるけど、スプーンという道具が使いにくいのではないだろうか

とご家族にお話しました。

また

女性であるから、食事がうまくできずにテーブルや洋服を汚すことを気にされているのかも

とも付け加えました。

それがどのくらい真実かは分かりませんが、その返答ができたのは私の感受性のおかげだったのかなと思っています。

ご家族はとても喜ばれていたので、「分かりません」と返答するよりはよほどアドバイスになったのではないかと思います。

 

お迎えには定員があるという緩和ケアスタッフのカン

私の話ではありませんが、病棟で働いていたときに同僚の看護師さんに感受性の豊かな方がおりました。

一人の患者さんの状態が悪く、緩和ケアをしていたのですが、ある夜看護師さんがただならぬ表情で心電図モニターを見ていたのです。

訳を聞くと、あの患者さんは緩和をしていてそう長くない。今夜お迎えが来る気がする。

と仰っているのです。

理由を聞くと、

”お迎え”には定員が決まっていて、数を数えるとあと一人空きがあるとのこと・・・。

なんだかちょっと怖いのですが、その患者さんは3日後に亡くなられました。

他のホスピス専門の病院でも定員の話をすると聞いたことがあると言われたので、スタッフは経験から予感されているようです。

全く科学的根拠のないカンですが、こういう予測と準備は感受性がさせるものだと思います。

 

 

感受性の豊かな鍼灸マッサージ師のメリットとデメリット

「人の気持ちに敏感である」「些細な変化を察知する」

感受性の豊かな鍼灸マッサージ師はこういった能力に長けています。

また「将来を予測する」こともできるため、今後どうなっていくかの見通しを立てることができます。

未来を予知するというと大げさですが、大まかにビジョンを描くことができるので一見便利な能力かと思いきや、臨床では逆に困ることの方が多いと感じます。

感受性が豊かな人が鍼灸マッサージ師をやるメリットとデメリットをまとめます。

 

人の気持ちに敏感!感受性メリット

①感情的に人の気持ちを分かってあげられる

医療者としてとても大事なことです。相手の気持ちを手にとるように理解することができ、想像することができます。

こうしたらこう思われるかな、こんなこと言われたからこうしてあげよう、と

少しの情報で様々なことを考えられるので患者さんに寄り添った医療を提供することができます。

 

②未来を予知できる

少しの情報で様々な想像ができるので、起きうる未来を予測することができます。

もちろん正確な予知など到底できませんが、大まかに可能性のあることをいくつか計算することができます。

 

③自分流の治療ができる

インスピレーションに長けているので自分流の治療を作り上げることができます。

教科書や勉強会からヒントを得て自分の中で咀嚼し、それを実際に行動に再現することができます。

 

分かりすぎるのも困りもの。感受性が豊かであるデメリット

①自分の感覚に過剰に反応する

ピンと来ることが多いので自分の感覚を過剰に意識してしまうことがあります。

良く捉えられればいいのですが、時には想像が広がり不安のタネになってしまうことがあります。

 

②他人が理解できない

自分の感覚でピンと来ているのでそれを他人に説明するのがとても困難です。

患者さんの本心を分かったとしても、未来の予知ができたとしても、自分流の治療を編み出したとしても、その正当性の評価が全くできません。

他人を動かすにはある程度説得力のある説明が必要なので、自分の中でしか使えないものだと思います。

 

③分かりすぎるから辛くなる

人の気持ちが分かるのは良いことだと以前は考えていましたが、臨床では作業的なこともあるのである程度鈍感でないと仕事がきつくなります。

患者さんの気持ちを汲んでいると業務を続けること自体が難しいと感じます。

 

どうしたら感受性が豊かになるか?感受性の鍛え方

感受性は個人差の問題が大きいと思います。

以前ちょっと変わり者のお医者さんと飲み会で話した時に、「私は人の気持ちが分かりすぎるので嫌です」と愚痴をこぼしたら、「僕はそういう風になりたくて研究しているんです」と真顔で仰っていました。

なんというか、私は何でも科学とエビデンスで解決できる医者みたいになりたいのですが、その先生は私のようにインスピレーションで生きて行きたいと仰るので、隣の芝生はどこまでも青いに違いないのだと思います。

 

意外と簡単?感受性を磨く訓練

ではどうしたら感受性が豊かになるのでしょうか。

私が思うにですが、外からの刺激が多すぎると、自分の中にあるインスピレーションに気づきにくくなると思います。

いつも賑やかな場所にいたり、家でテレビをつけていたり、音楽をかけていたりと騒がしいものに慣れてしまうのは感受性を鍛えるという意味ではあまり良くないと思います。

感受性は生まれつきの部分が結構大きいように感じるのですが、静かな場所で考え事をしたり、人の内面的な気持ちに注意して観察してみたり、将来的に起こりそうな予測を想像してみたりと

考え事をする機会が多いと磨かれるような気がします。

私は休日は森林や公園、家などで一人で過ごすのが好きなので、自然にそのような環境を作れているのだと思います。

感受性やインスピレーションは自分の内面から溢れ出て来るものだと思うので、静かに暮らすことを意識すると磨かれるかもしれません。

 

感受性が豊かすぎる場合は仕事に障害になる!敏感な人の対処法

私は考え込んでしまうことが多い性格だったので、自分の内なるインスピレーションに逆に困らされることが非常に多かったです。

何しろ自分の中だけの問題なので他人に理解してもらうのがとても難しいです。

最初はこの能力が仕事の役に立つのではと思ったのですが、結果的に周りを疲弊させてしまったり、独りよがりになってしまったり、自分だけなんか知らんけどテンパってる、そんな状態になることが多かったです。

 

ちょっと乱暴だけど・・・感受性という自分の内なる声を無視する!

感受性は、ほどほどがちょうどいい。

どうやって対処していったかというと、自分のインスピレーションを無視するようにしました。

ピンと来るときはそれなりの経験や背景が根拠になっているのですが、「またまたぁ」と冗談を聞いた時のように真に受けないようにしました。

自分で自分を信用しないというか。話半分というか。

自分のインスピレーションを信じないようにしました。

人の気持ちが分かったとしても、言われるまでは「そんなことは、まああるかもしれないけどないだろう」と自分の考えを適当に流すようにしました。

続けていくと過度に反応したり考え込んだりすることがなくなり、比較的楽になったと思います。

今でも患者さんに弱音を言われてしまうと涙ぐむことがありますが、家まで持って帰ってきて悩むことは全くないのでこの程度は愛嬌だと思っています。

 

生まれつき感受性が豊かな人でも、それをやり過ごすようにすればだんだん精神的なタフネスが上がって行きます。

 

医療者は感受性も優しさもほどほどが丁度いいと思う

医療や介護など弱者に関わる仕事の人たちは、感受性が多すぎたり、優しすぎたりすると自分が苦しくなってしまうことがあります。

傷だらけの人たちに接しているのに、人の痛みを全部感じていると身が持ちません。

優しいことは良いことだと思っていましたが、マッサージ師という仕事についてはあの有名な鎮痛剤のように優しさは半分で良いのだと思います。

残りの半分の有効成分で仕事をすれば、バランスが取れるのかな。

あの有名な鎮痛剤からは学ぶことが多いです(笑)

 

感受性も優しさもほどほどに。

一番大切なのは、自分に優しくすることです。

終わり。

モミモミ。

臨床マッサージ師に論文を読むことは必要か?マッサージ師と論文検索。やるのなら役に立つ情報を得よう!

おはようございます。めりーです。あん摩マッサージ指圧師です。

私は可能な範囲で医療系の論文を読んでみたことがあります。

結構しっかりやって、何かの手技を習ったら論文を検索して追跡調査してみることもありました。

色々やってみて思ったのは、マッサージ師が論文を読むのはあんまり良いことじゃないと思っています。

 

今日はマッサージ師と論文の話をします。

 

 

医学系の論文とは?どんな時に読んだら良いか

論文とは

 

1論議する文。筋道を立てて述べた文。

2学術的な研究の結果などを述べた文章。「博士論文」

論文(ロンブン)とは - コトバンク

 

 

医学では研究者が研究結果をまとめたものを読むことがあります。

治療のヒントに活かしたり、世の中の事情を傍観するのに便利な文章です。勉強した人たちが書いているので専門性が高く、インターネットでは知ることができない情報が書かれています。

私はマッサージでも治療方法を調べたり、習ったことを詳しく知りたい時に読むことがあります。

 

医学系の論文は普通、英語で書かれています。

検索エンジンはGoogleではなく、専用の検索ソフトがあります。医学論文専用の検索ソフトは医大や大きな病院など専門機関にしかなく、マッサージ師が使うことはできません。

ではどうしたら良いかというと、インターネットの普通の検索でも論文を検索することができます。またアプリでも論文検索専用のアプリがあります。

私は英語の語学がそれほど堪能ではないため主に日本語の論文を、普通のネット検索で調べて読んでいました。

 

日本語の論文は質が低い傾向があります。

きちんとした研究はデータがしっかりしていますが、日本語の論文は十分な症例を用いてないなどの欠点が問題です。

「そういうことを書いている人がいた」という参考程度にとどめておくことになります。

 

また英語論文だったとしても、人によって意見が違ったり、反論や批判の追試があったりと結構グダグダします。

ネット情報と一緒で、間に受けすぎず、「ふーん、なるほどね」くらいにとどめた方が良さそうです。

 

論文を読む練習会がある。興味がある人は参加してみては

英語の論文は一般英会話ができたとしても語彙が多いためとても難しいです。

英語の医学論文を読み、そこから治療方法を検討する「EBM」というものがあります。

例えばお医者さんが、何かの薬を処方しようか迷った時に、本当にその薬が効くのか、どれくらいの人に効いたのかを論文検索して調べるという方法です。

EBMは語学のある人にも慣れないと難しいそうで、専用の勉強会があります。

私も2度ほど参加しましたが、来ているのは主に医師、コメディカルスタッフ、学生などで、マッサージの人は全く見ませんでした。

マッサージに論文の勉強は浸透していないようです。

興味のある方は参加してみてはいかがでしょうか。

 

どんな時に論文を読んだら良い?私がマッサージ師として論文を読んでみたケース

私は英語論文が読めないので、日本語の論文を読むことがありました。

目的を持って調べたのは一度だけですが、「AKA」という徒手療法について日本語で論文検索してみました。

日本語の論文だったのでデータが少なく、割と感情的な部分が多かった覚えがあるのですが、専門的な書籍で情報が足りないときは論文で調べた方が良いとう学びになりました。

今後も治療法を習った時は追跡調査すると思います。

 

マッサージ師が論文を読むメリットとデメリット

論文というと難しいイメージがありますが、完全に慣れだと思います。

ジャンルが医学に限られていると出てくる言葉も制限され、慣れてくるとサラッと目を通せるようになります。

文字が多いので本を読まない人には辛いかもしれませんが、少なくともこのブログが読める人であれば読むことができます。

 

たくさん読んだわけではないですが、マッサージ師が論文を読むとデメリットの方が大きいかなあと私は感じています。

マッサージ師が論文を読むメリットとデメリットをまとめます。

 

マッサージ師が論文を読むメリット

①難しい文章に慣れることができる

専門用語がびっしりのものは、普段見る機会がありません。

論文は専門用語や特殊な言い回しが多いため、難しい文章に慣れることができます。

将来的に研究をしたい、論文を書いてみたいと言う人や、もっと勉強したい、難しいことを理解したいと言う人にはとても良い勉強になります。

 

②知識に幅が増える

論文は書籍にならないような情報があるので、普通に暮らしていて得られないものを知ることができます。

論文の段階では少数派意見であることに留意して、参考にしましょう。

 

③書籍にないものは論文を読むしかない

医学にありがちですが、本に書いてないことにつまずくことがあります。

好奇心旺盛な人は気になって仕方ない、と言うことがあるのですが(私)、先に研究した人が論文を書いていることがあります。

本に書いてないのなら論文で調べるしかありません。

それでもダメなら自分が研究するしかない。

多分普通の臨床から研究者になる人はそういう人なのだと思います(笑)

 

④全然論文を読んだことがないよりは良いと思う

世の中には「大して詳しくもないのに自分の知ってる限りをこの世の真実のように話す人」というのがいます。

大人なので「あー」と思ってもニコニコするようにしていますが、人のフリみて我がフリ直せと申しますように、知ったかぶりして恥ずかしくならないために一度は論文に触れておいた方が良いと個人的に思っています。

 

マッサージ師が論文を読むデメリット

マッサージの論文検索は全部日本語でしていますので、それを読んだ感想です。

 

①実用性が、ほぼない

マッサージに関する論文はイマイチです。

日本語検索では看護に関するものが多く、精神的な効果が書かれています。

一方でマッサージ師によるマッサージ師のための論文というのは見つけられませんでした。

代替療法関係の論文はありましたが、何十年も前の古いものであったり、自分凄いだろうドヤ!!みたいな内容だったりと情報としては無意味なものでした。

マッサージ、代替療法系の論文は質が悪いです。

これを読む暇があるなら教科書でも読んだ方がまだ良いと思います。

 

②時間がかかりすぎる

論文検索はある知りたいことに関して、いろんな情報を得ていく作業になります。

これが簡単に編集されているのは書籍です。書籍は本当に優れた情報媒体だと思います。

論文検索はネットサーフィンと全く同じ行為なので、十分な情報を得るにはかなり時間がかかります。

臨床マッサージ師という忙しい仕事の人にはあまりおすすめできないかもしれません。

 

③治療に活かしにくい

論文検索してそれっぽい情報を得たとしても、私の経験上は実際臨床に活かしにくいです。

論文は机上の話なので、現実とはちょっとズレているような気がします。

 

④データ解析ができない

マッサージ師にとってはこれが最大のデメリットだと思います。

マッサージ師は教育上で研究に関することをあまり習わない(本科は公衆衛生で習っていますが、少ないです)ので、論文を読んでもデータ解析ができません。

頑張って英語論文を読んだことがありましたが、データを見てもよく分からないのです。

データ解析は論文の中で行われていますが、その論文の良し悪しを判別するために自分もできなければいけません。

賢い人は問題ないのかと思いますが、私レベルでは全くできないので論文検索自体あまりやらなくて良いものだと判断せざるを得ませんでした。

 

 マッサージ師は暇なときに目を通すくらいが丁度いいかもしれない

 色々やってみた結果、マッサージ師が医学系の論文を読むことはあまり推奨することはできませんでした。

何より時間が勿体無いと思います。

特に医療マッサージは技術的なものよりも、一般医療現場から常識を知っていく方が大事だと今のところは思っています。

論文はその先のことであって、臨床とはちょっと話がずれてしまいます。

論文を読んだこと自体に満足しては何にもなりません。情報はそれを活かせて初めて役に立つ情報です。

 

全く見たことがないというのもちょっと問題だと思うので、暇なときに眺めてみるくらいのことはしておいて損はないと思います。

 

日本語の論文検索でヒットする論文は質がイマイチです。

おすすめなのは論文型の専門雑誌です。

総合リハビリテーションは理学療法士の雑誌ですが、 論文形式で内容がしっかりとしており、主観的な表現が少ない(あることはありますが)です。

慢性期以降の介入についてはマッサージ師も非常に参考になることが書いてあります。

役に立つ上に、論文にも慣れることができる本です。

全体的に「まともに間に受けても大丈夫なこと」しか書かれていません(笑)

日本語の論文検索をするのならこちらを一冊買って読んでみる方がかなり有意義であると私は感じました。

 

終わりです。

モミモミ。