マッサージ師になってみたブログ

マッサージ師になってみました。医療保険で揉んでいます。

マッサージ師にはコミュ障が多い?いいえそれは違います。自称コミュ障は考えすぎなだけという話

こんばんは。めりーです。あん摩マッサージ指圧師です。

今の私の業務は他マッサージ師とコミュニケーションを取る機会がとても少ないです。閉鎖的なので愛想が悪いと「あの人はコミュ障では・・・」と噂が立つこともしばしば。

マッサージ師の中にはコミュ障に見える人もいるのですが、実はそれどこの世界も同じこと。

コミュ障なんて存在しない!そんな話をします。

  

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愛想がない人は愛想の訓練を一度もしていないだけ

マッサージ師っていうと技術職で職人なので、古い人では寡黙で無口な人もいます。

寡黙で無口なのはいいとして、にこりともしないとか、挨拶しても返事がないようなこともあります。

マッサージ師は極端な男性社会なので、男性で愛想がない人というのは割と多い?気がするのでそれは仕方ないのかもしれません。

挨拶しても無視されてしまうとちょっと残念な気持ちになって「生理なのかな・・・」と思うようにしています。相手は男性なんだけども。

実は笑顔も練習が必要です。

面白い時に笑うのは誰でもできるのですが、なんでもない時に笑顔を作るというのはちょっと訓練しないと身につかないようです。

女性はその点が本能的に上手い人が多いようですね。

 

愛想がない男性というのは愛想の訓練が全くされていないだけであるので、仕方がないこと。

女性でも愛想がない人もいると思います。でもそれは訓練していないというただそれだけの理由なのですね。

 

患者さんや関係者との業務コミュニケーションは実は超簡単

愛想がないのにマッサージ師なんて成立するのか?客商売だろう。

そう思うこともあるのですが。

私がマッサージ業務をやってみると、患者さんや施設スタッフ、ケアスタッフとのコミュニケーションは超簡単だと思います。

というのも、普通のコミュニケーションと違って縛りがあるからです。

施術中は基本的には患者さんの話をひたすら聞いて同調しないといけません。

どうしても言わなければいけないこと以外は、基本的に「そうなんですね」「それは大変ですね」という単調な相槌だけで成立します。

優しく、当たり障りのない感じで接していれば発言を求められることが少ないので成立してしまうのです。

施設スタッフとのコミュニケーションは単純な業務連絡のみになります。こっちの方が簡単かもしれません。会話自体が非常に短いです。

 

返事をするだけではダメ?言葉だけではなく視覚的なコミュニケーションも存在する

マッサージ業のコミュニケーションは簡単だとは言いましても、態度が悪いと蹴られてしまいます。当たり前。

「態度を良くしろ」と言われてもピンとこないのですが、コミュニケーションにおいて重要なことはたったの二つです。

 

①言葉のコミュニケーション

会話はキャッチボールとも言います。会話の内容は色々難しい問題があると思うのですが、シンプルに考えるとポイントは超簡単です。

絶対に相手を否定しない。聞き役に徹する。

これだけで会話は成立します。

どうしても言わなければいけないことは、一通り全部ウンウン聞いてから最後に

「ちなみにですが、、、私はこう思うんですよね〜」

的な感じで言えばいいと思います。

患者さんとの会話は止まってしまっても全く不自然ではないので患者さんが話さなくなったら自分も返事をしない程度で成立します。

 

②見た目のコミュニケーション

いくら相手を否定しなくても、聞き役に徹していても、全く表情を変えずに機械的に相槌を打っていると、多分怒られます。

コミュニケーションは見た目が大事です。会話の内容以上に大切だと思います。

人と顔を合わす時にはその瞬間だけでも笑顔を作る。ずっと笑顔は難しいかもしれないので、最初だけでも一回は必ず笑顔を見せる。

患者さんでは臥位なので施術者の顔が見えないかもしれません。

「笑顔の声」で相槌をしてあげます。

笑顔の声っていうと何やら難しい感じに聞こえるのですが、笑顔で相槌すれば声も笑顔っぽくなります。そういうこと。

 

人間の脳は単純なので、表情に合わせてつじつまを合わせようとしてくれます。

近年「笑顔だと健康でいられる」「悲しいから泣くのではなく、泣くから悲しい」みたいな研究が有名になりましたが、笑顔で話すと声も笑顔っぽくなる。

ただそれだけのことです。

さらに、人が親しくなるために大事なことは会う回数であって、会話の内容は関係ないという研究があります。人間の脳はいい加減です。

  

 

言葉のコミュニケーションと、見た目のコミュニケーション。この2つをやっていれば確実に「愛想の良い人」という評価が得られます。

何度も申し上げますが会話の内容は関係ありません。

あと自分が相手に対して嫌悪感を持っていたとしても、この2つさえやっていれば相手にはそれが全く理解できません。人間は心の中まで見ることはできないんです。

 

よく意識高い系の人が、「心の中で人を見下していると、それが相手に伝わってしまう」と言いますが、それは間違いです。

人を見下しているから愛想が悪くなっているという非常にシンプルな結果なんですね。

そういう人はこの2つができてない人です。

やれば必ず愛想の良い人として認識されます。

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コミュニケーションに苦手意識がある人はうまくやろうとしすぎ

私はコミュニケーションで非常に悩むことがありました。

うまく言えなかったかなと反省してみたり、相手の顔色を伺ってみたり、沈黙が気になってしまって喋りまくってしまったり。

自称「コミュ障」という人はたまに会いますが、そういう人は少なくとも私と会話が成立しているのでコミュ障ではありません。

私は、コミュ障なんて存在しないと思います。

 

ではなぜ自分のことをコミュ障だと思ってしまうのでしょうか。

それは確実に理想を追いかけすぎなのだと思います。

映画やドラマで流暢に会話している様子を思い浮かべているのではないでしょうか。

あれは脚本にもともと書いてあるからあのような会話に見えるだけであって、本質的には役者が文章を読み上げているだけで会話ではありません。

 

現実の会話はグダグダして当たり前。人間はそんなに賢くない

会話は、リアルタイムに発生していくのでそもそもうまくできるはずがありません。

相手が次に何を言うか、それを予測して自分の発言を決めるとか、全体構成を考えて結末へ導く、そんなことが普通の人にできるでしょうか?

もちろん世の中にはコミュニケーションの鬼みたいな人もいるので、できる天才もいます。

例えば営業職で優秀な人はこれが非常にうまいです。

しかしそうでもない普通の人が、それをやるのは不可能に近いです。今の職業が営業職ならまだしも、それを目指して努力するのは時間の無駄です。

だからコミュニケーションは下手で良いんです。

と言うかうまい下手ではなく、できるかできないか、ただそれだけです。

 

私は、会話の全体構成なんて決められないし、相手の考えや心は全く読めません。自分が何を話しているかすら決めているわけではありません。

勝手に口から返事が出ていく、出ていかなくて黙ってしまうときもある。

でも会話は成立しています。

だって今、接客業で会社員やっていますから。

 

コンビニの「お弁当温めますか?」「お願いします」 というのも立派な会話です。

キャッチボールが成立しています。

これができる人はコミュ障ではありません。

 

だから私が自分をコミュ障だと思っていたときは、自分が作り上げた偽りの理想に合っていないから、自分は下手なのだと思っていただけでした。

 

まとめ

コミュニケーションって大事なのでまとめます。

 

  • 笑顔で話を聞いていれば大体うまくいく。
  • 会話の内容は関係ない。
  • コミュニケーションはそもそもグダグダして当たり前。気にすんな。
  • コミュ障だと思うのは自分の理想が間違っているから。
  • コミュ障なんてこの世にありません。

 

終わりです。

モミモミ。