マッサージ師になってみたブログ

マッサージ師になってみました。医療保険で揉んでいます。

「何かしていないといけない」「誰かと一緒にいないといけない」という強迫観念を捨てるとすごく生きやすくなったという話

こんにちは。めりーです。あん摩マッサージ指圧師です。

私は30代で独身なのですが、同じ年代の独身の人に会うと非常にアクティブで休日を出かけて過ごす人が多いです。

私は比較的マイペースにのんびり過ごすのが好きなので、一人で過ごしていることを人に話すと、可哀想に思われたり自分は充実しているのよとドヤ顔されることがたまにあります。

実は私も人と一緒にいない人はさみしいとか、何もしない休日は無駄だと思ってた時期が長かったのですが、その考えを捨てると生きるのがとても楽になりました。

今日はこんな話をします。

 

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日本人は何かしていないといけないという強迫観念を植えつけられている気がする

私も人生の長い時間を人と一緒に過ごさなければいけない、休みの日に何もしていない人は人生を無駄にしていると思っていました。

どこでそのように学んだのかは分かりませんが、幼少期に家で寝ていると母親に叱られていた経験が大きかったように思います。

小学生の頃、学校が休みの日に宿題もせずゴロゴロと漫画を読んだりテレビを見たりしていると、家事をしている母親に疎まれて「外に出かけてきなさい!」と怒られることが多かったです。

大人になった今、逆の立場に立てば、家に人がいるのは家事をする上で結構邪魔であることが理解できます。母からしたら当然のことでしょう。

でもおそらくそれが原因の一つとして、休日に家にこもるのはよくないことなのだと学習してしまった気がします。

 

私と同じ経験をしている人がいるかどうかは分かりませんが、休日に家でゴロゴロするのは1日を無駄に過ごしたと思ってしまう人が少なくないようです。

休日は休む日なので、家でゴロゴロするというのも体を休める有意義な過ごし方だと思うのですが、どこかに出かけようとしたり、何かをしようとする人が特に独身の人には多い気がします。

 

近年では「お一人様」という考えができているので、女性が一人で居酒屋で飲んだり、テーマパークに行ったり、旅行に行ったりすることも「不可解」という枠ではなくなりました。

しかしそれでも「一人でいる人はさみしい」と考える人は多いようです。

 

何故そんなに他人と過ごさなければいけないのか、私には分からない

私は一人でいることが好きなタイプです。

もちろんさみしいと感じることもありますが、独身の今では人と長い時間過ごすのは仕事以外に週に1回あるかないか。

それも大勢だととても疲労するのでごく親しい人と食事に行く程度です。

趣味があるので稀に大勢で同じことをするときもありますが、数ヶ月に一度程度。

私は趣味でクロスバイクやジョギング、ウォーキングをしています。

アウトドアの趣味は天候に左右されるので、一人の方が「今日はチャンスだ!」というときにサラッとできるので都合がよかったりします。

趣味でなくても外出は一人の方が都合が良いです。どんなに親しい人でも自分とは違うので相手に合わせないといけません。

人と長時間外出するのは本当にたまにで良いと思っています。

友達と旅行に行くのは最もハードルが高く、おそらく私は一生やらない気がしています。

 

世の中にはいろんな人がいて、私と同じように一人でいることが好きな人もいれば、人と一緒じゃないと嫌だと思う人がいます。

最近は全くやらなくなったのですが、以前は一人飲みが好きで、ひと月に2、3回やっていました。今はお酒に興味がそれほどないのでここ1年はやっていません。

一人で飲むのが好きと仲間に言うと、「それはさみしい」と言う人が必ずいます。特に外国人は一人で外食をする文化があまりない(国によると思うけど)ので「絶対嫌だ」みたいなことを言う人がいます。

そうも否定されるとそれが逆にさみしくなってしまうので、休日の過ごし方はあまり話さないようになりました^^;

 

いろんな人に話してきて、ちょっと思ったのですが・・・

「一人でいてはいけない」と思っている人がかなり多い気がします。

「何もしない休日は良くない」と私が思っていたのと同じで、「いけない」という強迫観念のようにも感じます。

 

「そうでないといけない」という考えを捨てるのは大変だけど、成功すると相当楽になる

休日に何もしないのは無駄である

一人で行動するのはさみしいことである

この考えを私は長らく持っていたのですが、今では完全にそれを消すことができてとても過ごしやすくなりました。

考えを変えるというのは結構な労力が必要なので簡単なことではありませんが、ほかにもそういう人がいることが分かりました。

 

「何かしないといけない」は明らかな誤りである

休日に出かけないと無駄に過ごしてしまうと思っていましたが、出かけたところでじゃあ人生の何になるか?と考えると、特になんの役にも立ちません。

毎週の土日に繁華街へ出かけていたとして、仕事の生産性が上がるわけでもなし、給料が良くなるわけでもなし。別に何にもなりません。

別にじっとしていてもいいわけです。

というかむしろ毎週出かけていると身体的疲労や脳の疲労が癒されないので生産性の低下を招く気がします。

同じ場所にとどまると、余計な刺激がないので休まります。これが仕事をやる上で結構大事だと私は思っています。

 

「一人はさみしい」は幻想であり気づけば直る

カレンダーの休日にサイクリングなどで大きな公園に行くと、家族連れでレジャーに来ている人たちがたくさんいます。

どのくらいたくさんかというと、ほとんどが家族連れです。

独身の人はどこで何しているのか私には分からないのですが、少なくともレジャーをしている人には圧倒的に家族連れが多いです。

あまりに多いのでアウェー感が半端なく、居場所がないような気がして来ます。

その結果として「私はひょっとしてさみしいやつなのか?」と思ってしまうことがありました。

繁華街に遊びに行っても、デート中のカップルや友達同士が目立つので、たまにアウェー感を感じます。さみしい気がしてくる。

でも実は、周りと自分が違うことを認識して、さみしいという幻想を脳が作り出しているだけなんですよね。

一人でいてふつふつと湧き上がってくるような孤独は本物だと思うのですが、孤独でない人たちを見て自分が孤独なような気がするという幻想です。

それに気がついたら、不思議と同じように一人で行動している人たちを発見できるようになりました。

少子化が毎年進んでいるので独身の人は確実に増えているはずなんですが、「家族連れが多い」「カップルが多い」「友達同士が多い」という思い込みのために盲目になっていました。

冷静に観察すると一人で遊びに来ている人もかなりの数います。

 

強迫観念を取り去った結果得られるものとは

何かしていないといけない

誰かと一緒にいないといけない

という考えを取り去ると、ストレスが減り生きるのが楽になります。

 

根拠の引用はしないので私の体感としてご理解ください。

脳の疲労は寝れば治る人と、そうでない人がいます。私はそうでない人です。

脳の疲労が寝ても治らない人は、考えることが多く脳が常に活動しているので、不安やストレスがあると逆に眠れなくなることがあります。

脳を使うときにONは簡単なのですが、OFFができません。

何もしていないときに勝手に考え事が始まってしまいます。

考えることを止めること、忘れることは意識的にしないとうまくできないのです。全く前に進まない同じことを考え続けることがあります(実際に繰り返し考え続ける回路が脳の中にあります)。

おそらく普通の人は時間が経つとそれが自然に落ち着くのでしょうが、私は意識的に止めないとかなり長い時間やり続けることになります。精神疾患の人には私のように脳を疲労させやすい人が多いかもしれません。

私はおそらく遺伝的にOFFが下手なようです。

OFFのトレーニングは言葉を変えると最近流行りの「瞑想」「マインドフルネス」です。

私はかなり訓練してOFFをしていますが、うまくできずに眠れなくなることがあります。

 

脳が活発な人は常に脳が疲れた状態でいます。そのせいでうまく働かず、ネガティブになったり体調や精神状態を崩すことがあります。

そのためいかに脳を休ませるかというのは、仕事の面だけでなく自分の健康上とても重要なことになります。

 

休日に常に何かをしていたり、常に誰かと一緒にいると、休まる時間が十分に得られずに疲労が癒えません。

脳が活発な人ほど、休日の過ごし方は重要であると思います。

脳が十分に休まると、ストレスがうまく解消され不安が減り冷静になることができます。

その結果として、私は生きることが楽と感じています。

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「何もしない」「ぼーっとする」という過ごし方

私は何もしない時間に充実感を感じる人間です。

普段忙しくて時間がないと思うことが多いので、何もせずぼーっと過ごし、「あ、まだ5分しか経っていない」と感じるととても幸せな気分になります。そうは言っても休暇はあっという間に終わってしまうのですが^^;

 

話がそれますが最近は「ぼーっとする」ことに命をかけています(笑)

ぼーっとするのって意外と難しくて、人前でやると「大丈夫かこいつ?」と思われることがあるので、人目が気になるものです。

スマホもテレビも何も見ない、ただひたすら何もしないという状態は意外と難しい。

ぼーっとするのが一番簡単なのは家ですが、あまりに長い時間だとどうでもいいことを考え始めるので非効率です。

しかし繁華街のカフェやレストランは人通りがあり待っている人が多く集中してぼーっとできません。

最近は大きな公園の芝生の上で、瞑想するふりをしてぼーっとすることを開発したのですが、今日は「瞑想しているんですか!?」と知らない人に話しかけられ失敗に終わりました・・・。

ぼーっとするのに適切な場所をこれからも研究しようと思いますw

 

モミモミ。