マッサージ師になってみたブログ

マッサージ師になってみました。医療保険で揉んでいます。

医療鍼灸マッサージ師が専門学校時代に大学病院で務めたことについて語る

こんばんは。めりーです。あん摩マッサージ指圧師です。

私は鍼灸、マッサージの専門学校在学中に、大学病院で約2年、看護助手としてアルバイトをしました。

大学病院の院内教育を受ける貴重な機会だったのですが、その2年間にとても大事なことを学び、きっと一生忘れない思い出だと思っています。

今日は鍼灸マッサージ師の私が、学生時代に大学病院で働いたことについて語ります。

 

 

きっかけは単純だった。本物の医療を見たいがため

私が大学病院で働くきっかけは、専門学校の先輩でした。学科の違う先輩に、病院で働いてみたいとぽろっと口にしたら、紹介しようか?と言っていただき、そのツテで都内の有名な大学病院で働くことができました。

 

なぜ私が病院で働きたかったかと言うと、私はもともと医療と全く関係のないリラクゼーションのセラピストでした。

マッサージをするなら国家資格を取らなければと思い、進学したのですが、学んでいるうちに本物の現場を見る必要があると思い始めました。

私はリラクゼーションセラピストが本物のマッサージ師だとは思っていませんでした。

国家資格もないし、勉強もあまりしていません。人の体に触るのに、医学を知らない人が行なっているというのが間違っていると、当時は思っていました。

(実際はリラクゼーション に医学は必要ありませんし、関係もありません)

自分は本物のマッサージ師になりたい。だから本物の医療現場を見る必要があると、当時の自分は漠然と考えていました。

 

先輩をきっかけに国家資格の必要がない看護助手として、大学病院でアルバイトをすることになりました。

 

実際に看護助手として働いてみて。大学病院は本物の医療だったと、私は思う

自分には全く縁のなかった大学病院で働くことになりました。

大学病院は規模が大きいので、1万人規模のスタッフがいます。建物も10箇所以上、大学、隣接する薬局やそのほかの医療施設、飲食店、雑貨店を含めると一つの町として病院が機能しているように感じました。

他業種から医療業界に転職してきた私にとって、それはあまりにも新鮮で、大きな存在で、影響力がありました。

 

すれ違うドクターは大学のワッペンが入ったドクターコートを着ていて、とてもカッコ良かったです。看護師や検査スタッフ、医療事務スタッフもバリバリと仕事をしていて、目にする全てのスタッフに憧れました。

医療ドラマに出て来る医療スタッフは、その病院のロゴが入ったピッチのストラップを首からかけています。私もピッチを持たされ、ストラップを下げた時、とても嬉しかったです。

みたことのない制服を着て、みたことのない人たちと同じ場所で仕事ができる。

看護助手と言うと「パシリ」みたいな仕事なのですが、それすらとても嬉しかったです。

自分が患者として病院に入院したことがありましたが、自分がスタッフとして病院で働いたことは今までになく、しかも大規模な大学病院だったので、誇らしく、自慢でした。

 

看護助手はパシリだったけど、それでも私の誇りだった

看護助手は看護部に所属し、看護師の指示下で可能な業務を行う仕事です。

具体的には患者さんや薬剤などの輸送、ベッドメイク、施設の消毒、清掃、そのほか雑務です。

私は入院病棟にいたので、緊急入院した患者さんの日用品を買いに行ったり、食べ物を買いに行くことも多かったです。

看護助手はどう考えてもみんなのパシリな仕事だと、今でも思っています。

時に他部署に電話して謝ったり、イライラしているドクターや患者さんに八つ当たりされることもありました。

でも私には、大学病院で国家資格もなしに働けたという喜びの方が大きく、自分自身が看護助手の仕事にイライラするということは全くありませんでした。

 

患者さんの搬送で、お迎えに行った時、連絡を受けてすぐに到着したにも関わらず、患者さんに「遅い」と怒られることがありました。

自分は何も悪いことをしていないのに怒られたら、きっとイライラするのでしょうが、私は「大学病院は、みんな忙しいから、連絡が遅くなっちゃうんだろうなあ」と思っていたので、素直に患者さんに謝ることができました。

本気で謝っていると患者さんも「この人が悪いことをしたわけではない」ということを分かってくれるので、むしろ同情されることが多かったです。

怒っている人がいたら、責任が自分になくても、すぐに本気で謝る。

これはとても大切で、マッサージ師として臨床に出ている今、役に立っています。

 

看護助手なのにドクター以上に(?)患者さんから感謝されることがあった

大学病院というと、えらいドクターがリーダーでチームで治療している現場です。えらいドクターはとてもカッコ良くて、えらいんだろうなあ〜と説得力のある見た目でした。

ドクターもきっと患者さんに感謝されているに違いありませんが、看護助手も患者さんから感謝されることがたくさんあります。

日用品の買い物に同行しただけだったのに、退院直後に「あの時は本当に楽しかった、ありがとう」とわざわざ私を探して言いに来てくれる患者さんがいたり

食事中の見守りついでにひたすら話を聞いてあげていたら、「あなたが私を治してくれた。あなたが私の主治医だ」と言ってくれる患者さんもいました。

認知症の患者さんが不穏な時に、ただずっと「大丈夫ですよ〜」と毎晩言いに行ってあげたら、認知症にも関わらず我にかえり「病院のえらい人に会いに行きなさい」と諭してくれる患者さんもいました。

 

どんな仕事でも、誇りを持って、楽しく、一生懸命やっていると、目の前の人が評価をしてくれる。

これは大きな学びでした。

 

看護師さんの指示が的確で意識が高くなった

看護助手である私に指示をするのは、主に看護師さんです。

看護師さんはほとんどが女性で、おしゃべりをしながらパソコンを打っていると思いきや、急変の時にはみんな的確に、瞬時に行動をしていました。

ああいうスイッチの切り替えを目の前で見たのは本当に良かったです。

患者さんの中には、接する時に危険が伴ったり注意が必要な人もいます。

そのような場合の指示は、気迫があり緊張感がありました。

看護助手だったとしても、間違えれば大きな失敗に繋がり、多くの人を危険に晒してしまう。

仕事の緊張感というのは、あの職場でしか学べなかったと思います。

 

優しいドクターが見ていてくれたこと

急変や急患があると、病棟が非常にバタバタします。

次から次に状況が変わるので、暇そうにしている私は時に八つ当たりされることがありました。

暇そうと言っても、指示がなければ何もできないので何か言われるのを待っているわけですが、仕事でいっぱいいっぱいになっているスタッフからしてみれば鬱陶しい存在だったのかもしれません。

八つ当たりされたその時を、そこにいたドクターが見ていてくれて、あとで私を励ましてくれたことがありました。

口答えせずに「わかりました」と言っている私を同情してくれてか、差し入れまで下さいました。

あまり接点のないドクターですが、その先生は本当に優しくて、尊敬しています。

頑張っていれば、誰かが見ていてくれる。そういう自信に繋がりました。

 

いいことばかりではないけれど。看護助手の辛いこと

看護助手は「パシリ」の仕事なので、そこでどんなに仕事ができるようになっても、のちの臨床で役に立つということはありません。

あとで役に立ったのは、その時に習った意識や心持ち、緊張感でした。

仕事自体は全く関係がないので役には立ちません。

また汚物、汚染物の処理、清掃があるのは嫌な気持ちになりました。

私は血を見ると気分が悪くなるタイプでしたが、私の病棟では時に大出血を見ることがありました。最初は本当に嫌でした。

また排泄の介助も、全く耐性のない自分にとってはとても辛かったです。

 

大学病院の院内教育はかなりしっかりしていて、真面目に勉強する気があればかなり面白い講義でした。

そこでリスク管理の意識を見につけたし、仕事も教えてもらったので、臨床マッサージ師として病院の外に出た時、文化が全く違うので慣れるのが大変でした。

今も慣れていないと思います。

大学病院の方を基準としていると、マッサージの方は「え!?そんなんでいいの!?」と驚くようなことがたくさんありました。

臨床に出てしばらくは「なんてレベルの低い業界なのだ」と見下していたというか、がっかりしたというか・・・孤立していたのですが、実は私の方がおかしいのだということに最近になってようやく気づきました。

思えばマッサージ師はリスク管理する機会があまりないですし、危険な患者さんも扱いません。

文化が違うところで学んでしまうと、世間知らずになってしまい、あとでちょっと困るんだということが分かりました。

 

人と違う経験をしたからこそ大変なことがある。でも、大学病院スタッフをやって良かった。

臨床2年生の今、結構悩んでいるのが、自分は普通のマッサージ師と違うんだということです。

自分の考えを話してもなかなか理解してもらえなかったり、時に言わなければ良かったと後悔することすらあります。

自分が融通のきかないバカに思えることがほとんどです。

それでも私は大学病院で働いて良かったと思っています。

あそこで学んだこと、見たこと、体験したことは、全部の医療現場で大事なことだと思っています。

もちろん大学病院にだって欠点はあります。大規模だからこそ、システム化が進んで患者さんへの対応が機械的だと思うし、小回りがきかないのでいろんなシチュエーションで困ることがありました。

でもあそこで習った意識、患者さんとの思い出は、私を作り上げる礎だと考えています。

あれ無くしてマッサージ師の私は存在しなかったとも感じます。

あの病院で出会った看護師さん、患者さん、ほかの看護助手、先輩、他部署のスタッフ、ドクター。

私の宝物です。

彼らにとって私は、きっと道端の草っぱくらいどうでもいい存在だったと思うんですけれどw

私にとって彼らは、思い出であり、自分を作り上げた基礎です。

 

きっと一生忘れません。

専門学校の在学中に、この大事な経験ができたことを大切に思っています。

 

モミモミ。